村を貫通して延長十里の十二間道路が出来ることになり、測量の結果、お茂登の家の背戸がへつられて、路の方が家より高くなる筈だというのである。お茂登は思わず、
「へえ!」
と目を瞠《みは》って、わが家の背戸をふりかえった。あさりの貝殼が散っている小溝のふちに野茨が一株、小菊が三四株植って、せま苦しい扇形にひろがった右手に鶏小舎のあるその背戸。田圃とその先の松山とが今は静かに西日を受けているそこを、コンクリートの十二間道路が走るとは。
「東山をきりひらいて平らにする計画だそうだで、道路は丁度、うちより七尺ぐらい高いところを通るわけですな」
「ふーむ。そいで、どうで、こっちの道は」
とお茂登は自分たちが腰かけている店先の往来を顎でさした。
「こっちはこのままじゃ。人間や自転車の通るのはこっちで、裏は主にトラックだそうだで」
お茂登は、
「ふーむ」
とより云いようないのであった。
「いつ測量に来ただろう、知らざった」
すると、めくら縞の羽織を着たその男は、わがことのような心得顔で獅噛《しかみ》火鉢の煉炭火から煙草を吸いつけながら、
「そら知らん間にやるにきまっとる」
と、煙管をはたいた。
「松
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