れない世の中に思えるのであった。
四
その夏は特別大規模の防空演習が行われ、村でも、世話役が亢奮のあまり走りまわって家々の洗濯物を飛行機から見えると云って引ちぎってすてたことが、後から物議の種になったりした。そして秋になった。
早々に、今年の入営は例年より早いかも知れないという噂が起った。地方によっては十月入営だそうだ。そういう話が出鱈目でもないらしかった。戦局についての噂もまちまちである。
広治はこれまでより熱心に新聞を読むようになった。地図とひき合わせて、身に近いこととして読んでいる。お茂登は切迫した心持で、そういう息子の姿を眺めた。
「早うなったらことだなあ」
「――どうともまだわからん。そのときはまたそのときで」
トラックにのって働きに出かける前に、風呂の水を忘れず汲みこんで薪まで出しておき、別にそれを云いもしないで行ってしまうような広治のやさしさである。お茂登は、二人が行ってしまったら、二年、三年と、息子たちのがっちりとした肩のかげに身をかがめて時を刻むように待つ自分だけを思い描いているのであったが、その耳にやがて意外のことが伝わって来た。お茂登の
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