それもよかろ」
やがてお茂登はかすかな軽蔑とあきらめをこめた調子で云った。
「どうでおなごにトラックは動かさりゃ」
広治が入営して一人になったら、雑穀やタバコの店だけを細くつづけて、二年三年はどうにか食べつなごう。それがお茂登のかねての計画であった。息子たちがいたからこそやって来れた。自分一人手の明暮れを思うと、一生にはじめて、寂しさとはこういうものかとわかる気持が迫った。
「お前ら行ってしまったら、おっ母さんは店へ来て臥《ね》る。何かことが起ったら、大きい声してたけりゃ、前の家からも来て呉れよう」
そんなことを云いながら見廻す店先も、夜の電燈では古びた※[#「木+垂」、第3水準1−85−77、280−15]《たるき》や鼠の出る板の間の奥ばかり暗く深く見える。お茂登は機嫌のいい或る日冗談めかしてこんなことを云って笑った。
「おなごの子を一人も生んでおかざったのは失敗だった」
戦地の源一からは、約束どおり折々便りが来た。水の出も速いが引くのもまた驚くほどですという土地での生活が身について来たらしく、そっちの物価を細かく書いてよこしたり、初めのうちの鉛筆でそそくさと書きなぐったよう
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