奥の村から駅へ出るにはどうしてもお茂登の店の前を通らなければならない。紫や白の旗幟を先頭に、ゴム長をはいた村長、赤襷の出征兵、ぞろぞろと見送人の行列がつづいて、何里か先の村を出たときは降っていた雨傘や高足駄を、照りかえしのつよいもう夏の日光にいりつけられながら、駅の方へ動いて行った。外を通る行列の中の薄藤色や臙脂の若い女羽織の色が、しめ糟くさい、女気のとぼしい店のガラス戸にぱっと映ったりした。お茂登は土間の奥に立って、行列を見送った。町かたのように楽隊をつけたり歌をうたったりせず、泥のはねを白く干しあげながら、それらの人々は歩いて行った。自分たちが同じように歩いて行ったとき人は何と思って見たかは知らないが、今店先でそういう行列を見送っているとお茂登の体は引しめられて鼻の芯がジーンと痛いような気になって来るのであった。
三
「おばさーん、おばさーん」
学校がえりの子供の声で呼んでいるのが聞えた。お茂登はポンプを押す手をやめて表へ行った。
「これへ、いつもだけ油おくれ」
繩でぶら下げたサイダー瓶をつき出した。
「どんな油やったっけ」
瓶をかいで見ると、胡麻油の匂い
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