らの便りが二度目に届いたとき、村は五月雨であった。その年は入梅が長くて降りようも例年より劇しく、苅り入れのすこしおくれた麦畑はどこも水浸しになった。店の低い軒下に立って往来越しに見ていると、むこうの杉林のあたりまで一面水がついて、麦の穂だけが蘆のように雨脚に揺れた。列車が崖崩れの下になって修学旅行の小学生が多勢死んだのもその時季であった。終日鈍く光った雨が退けない水の上へ猶降りつづける様は人々の気を滅入らせた。支那で大砲をどっさり撃つためだと噂があった。お茂登は店の戸をあけ閉てする度に気にして、水の出ている畑地の方を眺めた。数年前まだ父親が存命の頃やっぱり梅雨期にそっちから水が増して来て、米や肥料をぬらすまいと大騒動したことがあった。男手が揃っていたが石灰を幾袋かかちかちにしてしまった。自分一人で、どうなろう。
幸《さいわい》雨はそこまで行かずあがったが、麦は真黒に穂が腐って、小麦の相場はきまらなかった。植付けのすんだ田でも、肥料を流された。雨で金が流された、そういう感じで、むし暑い梅雨の霽《は》れ間を人々が出歩いた。
はっきり梅雨が明け切らないうちにまた召集が奥の村々へかかった。
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