つきで、お茂登は広治のために布巾をかけておいた餉台《ちゃぶだい》の横に坐った。
「ひもじかったろう」
「ああ」
 すぐ茶碗を出したわりに広治は食べなかった。眉毛をつり上げるようにして熱い白湯《さゆ》をすこしずつ啜りながら、
「えらいもんだなア。おっ母さん、あっちの見送人のえらいこったら! 迚も堺あたりの話じゃない」
 お茂登は思わず顔をほころばした。
「そりゃそうにきまっている」
 堺というのは村から半里ばかり先の支線の小駅で、源一はそこから出発したのであった。
 店へ出入りする人々の口にも源一の名が屡々《しばしば》のぼって、お茂登は当座せわしなく暮した。広治一人になったので新しく仲仕を雇い入れた。彼女は、永年の経験から、人間は気持のもんで、ちいと仕事がえらかった時には間にパンなり買ってやれ、と、トラックに乗り込むオバオール姿の広治に注意した。
「今時、人のないときは、ちいとのことはこっちで辛棒して働いて行かにゃ仕様がない」
 そろそろ肥料が出廻る季節で、組合とは別に今井の店でそんなものがまとめて扱って行けているのは、不便な山奥の部落の連中が、肥料をそこまで運び上げるトラックの運賃は店
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