、おちあったこともなかった。その頃栄さんは、若い婦人のためのある雑誌に連載小説をかいていた。その雑誌の編輯者が櫛田ふきさんというその人であった。本当は今日原稿をわたす約束だったのだけれども、何しろこのありさまでね、と栄さんはすっかり筋をぬいてそこにたぐまっているわたしを見て笑った。わたしも笑って、いいことよ。わたしが実物証明をしてあげるから、あなたの小説が書けなかったわけは、これだけかさばった証明があれば許してくれるわよ、などといっていたときに、玄関で、ごめんなさいという元気なはりのある声がした。つづいてあがってもよくてというなり、もうその足音は廊下をつたわってきた。
 わたしはふざけて、そら来たといってあやまる仕度に坐りなおした。そこへ小柄な中年の女の人と二十四、五の若々しい人とがつれだって入ってきた。入ってきた人は、知らない人がいたので、あら、ごめんなさい、いきなり入って来てしまって、とふすまぎわに立ちどまった。栄さんが櫛田ふきさんと娘さん、わたしとを紹介した。
 このようにして櫛田さんとわたしとは初対面した。やがてわれわれみんなの間に新しい友情や仕事がもたらされるということについ
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