実からかきはじめていることは価値のある本質だが、まだ「労働者として大事な事柄があまり書かれていない[#「労働者として大事な事柄があまり書かれていない」に傍点]」。現在労働者は「この二年間にずいぶん大きな闘争をやっている」。その労働者[#「労働者」に傍点]の「いきごみ、みとおしというものがでていない。」「現実にとっくんで解決がつかないでもいい。とにかく現実の大問題をつかみ出してくるという記録文学運動というものは、意識的にサークルにいまおこさなければならない。」と、岩上順一はいっている。徳永直もこの点にふれて自分がいい出した「日常性」から書くということを、ストライキや組合運動をぬきに理解されている不満を語っているのである。「例えば恋愛をかく。デモの帰りに彼女とお茶をのんだりすることもあるわけだ。するとデモは書かないで、喫茶店のことばかり書く、そういう日常性の浅薄さ、日常性のブルジョア的解釈へ書く方も、批評する方も、ひきずられていることがよくない」と力説している。そして「ストライキをとりあげた作品が勤労者文学にひとつもでてこない、これは勤労者文学にとって一番打撃ですよ」と。編輯者は、ここに「
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