立つ作家だろうか。もちろんわたしたちはそう思っていないのである。
 民主主義文学は、小市民の生活感情や現実のうけとりかたにたってかく作家も疎外しない。しかし、それは、その人なりの世界のうちに暴力的な支配や、戦争や、一般人間性をころす力への抗議がふくまれているという時に、民主的な方向へのつながりができるのである。苦悩の身ぶり、宿命の観念にはまりこみきれないもがきの手が、解放にたたかう人々の手と、むすばれてゆくのである。その人その人が、主観的な枠のなかで、その人としては本気に追求しているという、そのことだけに評価はない。ここのところを、わたしたちとして、問題にしなければならないのは、第三回大会以来今日でも、まだ民主主義文学運動の中には、多様で、具体的で、しかも歴史の課題との角度を明瞭にした批評の態度が確立しているとは云えないからである。そして、このことは徳永、小田切の論争その他を、個人的に対立した見解の応酬に陥らせ勝であるばかりか「勤労者文学」の規定そのもののあいまいさを客観的に見極めて、民主主義文学運動全体を発展させてゆく評価のよりどころさえも見失わせる危険をもっているからである。
 現実からかきはじめていることは価値のある本質だが、まだ「労働者として大事な事柄があまり書かれていない[#「労働者として大事な事柄があまり書かれていない」に傍点]」。現在労働者は「この二年間にずいぶん大きな闘争をやっている」。その労働者[#「労働者」に傍点]の「いきごみ、みとおしというものがでていない。」「現実にとっくんで解決がつかないでもいい。とにかく現実の大問題をつかみ出してくるという記録文学運動というものは、意識的にサークルにいまおこさなければならない。」と、岩上順一はいっている。徳永直もこの点にふれて自分がいい出した「日常性」から書くということを、ストライキや組合運動をぬきに理解されている不満を語っているのである。「例えば恋愛をかく。デモの帰りに彼女とお茶をのんだりすることもあるわけだ。するとデモは書かないで、喫茶店のことばかり書く、そういう日常性の浅薄さ、日常性のブルジョア的解釈へ書く方も、批評する方も、ひきずられていることがよくない」と力説している。そして「ストライキをとりあげた作品が勤労者文学にひとつもでてこない、これは勤労者文学にとって一番打撃ですよ」と。編輯者は、ここに「ストライキをかけ」という見出しをつけているのである。
 この前後のくだりは、民主主義文学の発展のために本質的な問題をむき出していると思う。徳永直の「『日常性』のなかから書く」という論が、小田切への反駁として云われているように、常に労働者[#「労働者」に傍点]として当面する現実の中に革命的モメントを見出してゆく態度をもふくめたものだという理解が、こんにちまで徹底的にゆきわたっていたら『勤労者文学』に対する徳永自身のこの不満もおこらなかったろう。そしてまた、徳永自身、船山についての鈴木茂正の感じかたを肯定したことだったろう。
 なぜ、いまのところ労働者は、そういう作品が書けないかということについて、東京重機の吉田文雄は、意味ふかい説明を与えている。吉田文雄の話は、こんにち自覚した組織労働者が、もう「太陽のない街」や「党生活者」の真似をしても、それでは生きた小説が書けない新段階に生きていることを語っている。こんにちの社会的現実は複雑で、労働者の闘争の方法も多種多様である。それをつっこんでゆけば、「もう日本の金融資本の実体を文学の上にかかなければならぬと思うのです。」「社会を描かなければならない。」それを書かないで「本当のストライキの情勢はかけない。そういう風になってくるからなかなか書けない。」「実際経験して分っていても、感情とか意識というものが、そこまで発達していないために書くことができない」といわれているのである。これはがんみ[#「がんみ」に傍点]しなければならない言葉である。
 最近二、三年のあいだに、五〇〇万人の労働者が組織されて画期的な闘争が経験された。積極的にそれらの経験をした人の中から、こんにちこの言葉が実感をもっていわれているのは、労働者の文学がただ政治・経済闘争の反映だけでは足りないと自覚されてきているという大きな内容的前進を語っている。同時に、一人の労働者が階級社会の中で民主的労働者として成長してゆく人間変革の過程が、どんなに複雑なものであり、一定の時間を必要とするものであるかという証拠である。こんにち、吉田が語るようなギャップが感じられるのは、経験された闘争の過程そのもののうちから、労働者として階級的な人間成長の実感が育てられるような政治的・文化的モメントがひきだされなかったこと――経済主義的な傾きがよりつよく支配していたこと。ならびに民主主義文学運動
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