から、大抵そのうねった路を抜けて、やっちゃば[#「やっちゃば」に傍点]の方へ出たり、田端へ出たりしたものらしい。そういう技術的な専門通路が、からたち垣の一重外を通っているのであるから、自然、うちへも何度か顔を見せぬ君子が出没した。
 私が六つぐらいだった或る夏の夜、蚊帳を吊って弟たち二人はとうにねかされ、私だけ母とその隣りの長四畳の部屋で、父のテーブルのところにいた。テーブルの上にはニッケルの浮模様のある丸いランプが明るく灯っていて、雨戸はすっかり開いていた。母は外国にいる父へやるために、細筆で、雁皮の綴じたのに手紙を書いている。私は眠いような、ランプが大変明るくていい気持のような工合でぼんやりテーブルに顎をのっけていたら、急に、高村さんの方で泥棒! 泥棒! と叫ぶ男の声がした。すぐ、バリバリと垣根のやぶれる音がした。母が突嗟《とっさ》に立って、早く雨戸をおしめ、抑えつけた緊張した声で云うなり、戸袋のところへ走って行った。私は、戸袋から母がくり出す雨戸を出来るだけ早く馳けて押した。母は台所の方へ行って何か指図をしていたが、そのときのは、となりの家の門の植込のところで捕えられた。桑田さん
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