った家から奥の動坂よりには、何軒も代々の植木屋があった。
 うちの前も善ちゃんという男の子のいる植木屋で、入口に※[#「白/十」、第3水準1−88−64]莢《さいかち》の大木が一本あった。風のきつい日に、※[#「白/十」、第3水準1−88−64]莢の実が梢の高いところでなる音をきいたりした。竹垣が低くその下をめぐっていて、赤い細い虫の湧くおはぐろどぶがあった。うちの垣根は表も裏もからたち[#「からたち」に傍点]の生垣で、季節が来ると青い新芽がふき、白い花もついた。
 裏通りは藤堂さんの森をめぐって、細い通が通っており、その道を歩けばからたち[#「からたち」に傍点]の生垣越しに、畑のずいきや莓がよく見えた。だから莓の季節には、からたち[#「からたち」に傍点]の枝を押しわけて、子供が莓盗人に這いこんだりしたが、夜になれば淋しい淋しい道で、藤堂さんの森の梟がいつもないていた。
 夏目漱石の家が、泥棒に入られたのは、千駄木時代のことだったと思う。あの頃、千駄木あたりは、一体よく泥棒がいたんだろうか。藤堂さんの森をめぐるくねくねした小路は、泥棒小路と呼ばれていた。当時一仕事した連中は、何かの便利
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