の書生さんが、あやうく斬られかかったというような話を、こわさで息を弾ませつつ傍できいていた。
次のときは、もうそれから何年も経って、裏のからたち[#「からたち」に傍点]垣は忍返しのついたトタン塀になっていた。そのときは誰も知らず、しかも用箪笥が裏の茶の木の横までかつぎ出してあった。なかのものがその辺にとりちらされ、鼈甲のしんに珊瑚の入った花の簪が早朝の黒い土に落ちて、濡れていた。
一番終りのときは、弟二人が大きくなっていた。上の弟が夜あけに不図目をあけたら、足許の戸棚のところに何か黒いものが見えたので、何の気なしに起きかえったらそれは人間の姿で、懐に手を入れ一種威嚇の勢を示した。上の弟は、一言も発せず、そのまんま又仰向けに臥てしまった。
二番目の弟は学期試験で、一人早く起き出し、食事をする部屋のテーブルの電燈の下でノートを読んでいた。すると、正面に当る廊下の両開きになっている扉の片方が細めにすーと開いて、そこから誰かの眼が内をのぞいた。弟は、書生さんが起しに来てくれたと思った。帳面から顔をあげず、もう起きてるよ、と云って、読みつづけていた。暫くして上の弟が起きて来て、初めて先刻の
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