わめて早く立って行った、男は力のぬけた様にうつむいた。女はまだそのうつむいた瞳をおって行った。お龍はかちほこった様に眉をかるく動かしてダラリと下げて居る男の両手を自分のひやっこい雌へびの肌ざわりの様な手の中に入れた。男の体は急にふるえ出した。さわぎ立てる血が体中を走りまわるのや髪の毛までまっかになった様な姿を女はかお色一つかえず髪一本ゆるがせないで見る事が出来た。男はすじがぬけた様に手をもたれたまんまもとの石段にくずおれてしまった。
「御はなしなさって――」
 かすかなとぎれとぎれの男の声に耳もかさないで御龍はますます手をかたくにぎりしめた。男の目から涙のこぼれ出て居るのを見つけて、
「蛇に見こまれたと思ってればいい……」
 さえた低い声で女はささやいた。
「どうぞ――御なぶりなさらないで……」
 男は前よりも一層力のない声で□[#「□」に「(一字不明)」の注記]った。
「はなさない、どんな事があっても、二人ともが骨ばっかりになった時でも――」
 お龍は斯う云ったまんま動こうとも手をはなそうともしなかった。
 はげしく動く感情、涙をこらえるために情ないほどかたくしまった頬の筋、自分を恐
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