こまれた様な重い気持で思い込んで居た若い男は自分の傍にお龍の立って居るのなんかは知るだけの余裕がなかった、「主人の娘だ、あんなひやっこい様子をして居るから何かしたらきっとおっぴらにしてしまうにきまってる、それにまだ年も若いんだし――」こんな事はお龍を気を狂いそうにまで思ってる若い男の心をなやました。
 男は自分がこんな苦しい思をして居るより、一思いにこの家を出てしまおうとも思った。あの美くしさを一目でも見ずにすごすと云う事はとうてい自分のこらえられそうにもない事であった。男の熱しきった心は、見すかすように高笑いされた事やら□□[#「□□」に「(二字不明)」の注記]見て居た娘の燃えて居た事やらを思ってジッとして居られないほど大声で叫びたいほど波打って居た。
 頭は火の様にほてって体はブルブル身ぶるいの出るのをジッとこらえて男は立ち上る拍子にわきに何の音もさせずに立って居たお龍を見た。男は前よりも一層かおを赤くしすぐ死人よりも青いかおになってうるんでふるえる目でジッと娘のかおを見つめた。娘もその若い人にはたえられないほどのみ力をもった目をむけて男の瞳のそこをすかし見て居た。二人の間に時はき
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