る眼に宙を見て形のない或るものに誓う様にお龍は云った。ホット息をついてポンとひざの本[#「本」に「(ママ)」の注記]に本をなげた時にはもう障子の紙はうす黒くなって居た。午すぎすぐから今まで息もつかずによんで居た自分の真面目さと新らしい気持になったうれしさにはれやかな高笑をした。それと一緒にうすくらがりの部屋のわきからはじき出された様にヒラッと影をのこして体をかくしたもののあるのをお龍は見つけた。首すじの細さでその影の持主をさとった娘は何か心にひびいた事があるらしくそれよりももう一層高い笑い声をたてた。
 恐ろしくすんだ声はびっくりするほど遠くひびいた。自分の笑い声の消えて行くのをジッとききながらその声をきいて身ぶるいをする男のあるのを思って声はたてないうす笑をもらした。
 お龍は立ち上って着物を着更えた、今までよりは一層はでなはっきりした着物と帯をつけお化粧もした顔と姿とは倍も倍も美くしくなった。鏡の中にほほ笑んで居る自分の姿を一寸ふりかえってお龍はスルスルと廊下に出て足音もさせずにさきをすかしすかし店のそとの倉前に行った。つめたい石段に頭をかかえて深い深いうかむことのない海の底にひき
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