心を抱えてこないだよりはずっと衰えた力のない青いかおをして女の家の格子をあけた。格子に手をかけてヒョッと見るといつもの笑をかお一っぱいにして女が立って居た。男は一寸手を引いたけれ共思いきった様にあけてたたきに立った。女はだまったまんま自分の部屋自分の城壁の中に入った。男もそのあとから入って後手に障子をしめながら片ひざはもう畳について居た。がっかりした様な男の様子を見てお龍はひやっこい声で、
「とうとうかえってきたのねえ、あんたは、家出をして又舞いもどった恋猫の様な風をしてサ」
と云って一寸男をこづいた。
 それをどうのこうのと云うほど男には落ついた心がなかった。手の先をふるわせながら、
「一体マアお前は幾人男を勝手きままにして居るんだい?」
 息づまる様な声で男は云った。
「幾人? 世の中の男はみんな私が勝手きままに出来るもんですわ、私は特別に生れた女です……」
 お龍は平気なむしろおごそかな調子で云った。女のバサリと肩になげかけた髪から紫の糸遊が立ってその体を包んで居る様に男には見えた。
「ああほんとうに私は見こまれた蛙だ!」
 男はいかにも力のない声でこう云った。女の目は勝利の嬉し
前へ 次へ
全28ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング