えた笑声を家中にひびかせた。
 日暮方、男は又御龍の玄関の前に立った。せまい一つぼのたたきの上には見なれない男下駄がぬぎっぱなしになって居た。男はフッと自分がこの上なくいやに思って居る事を連想してプッとつばを吐いてあともどりをした。
「もう来るもんか、ウン女があやまって涙をこぼしたって来るもんか、売女奴! きっと来ないぞ、己も男だ」
 男はかおをあかくして目をさました子供の様なたわいもない事を自分では真面目に考えて肩を怒らせて居た。
 七日ほどの間男は女の家の前さえ通らなかった。けれ共、それ丈の間の日は必[#「必」に「(ママ)」の注記]して愉快な日ではなかった、すきのある様な男の心の前にはすぐこないだの夜の女の笑がおがういた。知らんぷりをされて居るのも気にかかった。
「ほんとうにそうだそうだ。己は蛇に見こまれた蛙なんだ、あの女の前には男の力なんかはない己なんだ、阿片をのみ始めたが自分の命の短かくなるのを知って居てもやめられないのと同じ事だ!」
 特別に作られた女の、刺げきの多い言葉、様子、目ざしになれた男がたった一人ぽつんとして居ることはとても出来る事ではなかった。わけの分らない悶える
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