を考えて居た。
「私はもう帰る」
 男は思い出した様に立ち上って上《うわ》んまえをひっぱった。
「そう――」
 女は別にとめる様子もせず玄関まで男の後について行った。
「又今度」
 小さな声で男が云ったのに女はただ青白い笑を投げただけだった。
 その笑が男には忘られないものの一つだった。しずかな中に女は体を存分にされないで男を自由にすることの出来る自分の力に謝してうす笑をした。いざりよって丸い手鏡をとって自分のかおをのぞいた。ふっくらした丸みをもった頬と特別な美くしさと輝きをもった眼、まっかな唇に通った鼻、顔全体にみなぎって居る何とも云えないうすら寒い気持――そう云うものを女は女自身に感じて、
「私は若い――そして人より以上の力を神から授かって居る。私は男をどんな身分の高い人でも何でも、男ならば自分のどれいにする力を持って居る」
 手かがみをひざにふせながらよろこびにふるえる声で斯うささやいた。
「私は若いんだ――」くりかえして又つぶやいて手をのばしてあかりをけしてしまった。日の高くなるまで女はすき通る様なかおをしてねて居た。目ざめるとすぐ枕元の地獄の絵を見て女はねむたげな様子もなくさ
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