別れっちまえ下らない、お龍ばかりが女じゃあありぁしない……」
斯うも思ったけれ共、それはごくほんの一寸の出来心で世間知らずの娘が一寸したことで死にたい死にたいと云って居ながら死なないで居ると同じな事でやっぱりそれを実行するほどすんだ頭をもって居なかった。
あてどもなく二人は歩き廻って夜が更けてから家に帰った、ポーッとあったかい部屋に入るとすぐ女はスルスルと着物をぬいで白縮緬に女郎ぐもが一っぱいに手をひろげて居る長襦袢一枚になって赤味の勝った友禅の座布団の上になげ座りに座った。浅黄の衿は白いくびにじゃれる蛇の様になよやかに巻きついて手は二の腕位まで香りを放ちそうに出て腰にまきついて居る緋縮緬のしごきが畳の上を這って居る。目をほそくして女はその前に音なしく座って居る男を見つめた。
「そんなに見つめるのは御よし、私しゃ生きて居る人間で鏡じゃあない」
「ほんとうにいかにも人間らしい男らしい方ですわ、男のだれでももって居る馬鹿な事をあんたはちゃんともってるんですもの――ねえ」
女は笑いながらこんな事を云った。胸のフックリしたところにさっき自分をつっついて居た針の光ってるのを見つけて
「針を
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