んで力がなくなって行った。かるいため息をつきながらフッと思い出してうす笑いをする男の様子を不思議に思わないものはなかった。
三月ほどあとにいきなりこの店から男は追われる事になった。前の晩一晩倉前のつめたい石の上で泣き明した青白い面やせた力ない男を前に置いてお龍は父親に代ってと云って最後の命令をあたえた。男は涙をぽろりと一つひざにこぼしてうるんだ目に女を見あげて二三歩ヨロヨロと女に近づいたまんま一言も云わず何のそぶりもなくって再びこの店には姿を見せない様に出て行った。死に行く様な男の様子を見て女は美くしい歯の間から「フフフフ」と云う笑をもらした。家中この事をきき又見たものは主人にも可愛がられて居たのにと、気になる謎をときにかかったがどうしてもとく事の出来ない事だった。ただお龍と云う名をある力をもった特別の人の様に思った、そしてその美くしい姿が見えると人達はサッとはいた様にかたまり合ってまぼしい様な姿を眼尻の角からのぞき上げた。
そんなウジウジした様子を見るにつけて御龍は自分の体の中に心の中に住んで居る光り物を可愛がった。
まだ十六のかおにはもう男と云うものを知りぬいた女の様なさめたととのった影がさして居た。
親達は、お龍を自分の娘だと思って見るのにはあんまりすごすぎた。なるたけ手をふれない様に、なるたけ光りものをよけいにひからさない様にと、火薬を抱えた様な気持で居た。逃げ様としてもにげられない因果だと二人は暗い気持になって一家の運命と云う言葉におびえて居た。この家をもう幾十年かの間つづかせると云う事はいくらのぞんでも出来ない事だと親達はあきらめた。力ない目で凄く凄くとなって行く娘をふるえながら見て居るよりほかにはなかった。十七の春、すぐ近所の小ぢんまりとした家に御気に入りの女中と地獄の絵と小説と着物と世帯道具をもって特別に作られた女はうつった。世なれた恥しげのうせた様子で銀杏返しにゆるく結って瀧縞御召に衿をかけたのを着て白博多をしめた様子は、その年に見る人はなく、その小さな国の女王としても又幾十人の子分をあごで動かす男達の姐御としても似合わしいものだった。
壁の地獄の絵の中の火はもえて脱衣婆は白髪をさかだてて居る、不思議な部屋で歯のまっしろな唇の真赤な女は自分の力を信じてうす笑いをして居る事がよくあった。
女の机の上にはいつでも短刀が置いてあった。虹をはく
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