くて男と云う自分と同じ心と体をもったものに会いたさにわざわざ出かけて来たのに男の心には却って辛い思がますばかりであった。ひろい道を斜によぎって男はお龍のわきにぴったりとよりそって歩いた。
女は笑いもしなければ頭も動かさないで女王が舌をきられたあわれなどれいを御ともにしてあるいて居る様な気高さと美くしさを見せて居た。男はどうにかしてそのいてついた様な女のかおの一条の筋肉でも自分の力で動かして見たかった。外套のかげから水色のマントのかげの象牙ぼりの様な女の手をさぐってにぎった。しらんかおをして居る女のよこがおを見ながらソッとにぎりしめるとひやっこいするどい頭の髄まですき通す様な痛さがあたえられた。男はハッと手をひいて一足わきによって女を見た。女のうす笑をする歯は青いほど白い。
男の頭の中にはさっき見せられた短刀の事も毒薬を注射する針のするどさの事もおびやかさせる様に思い出された。心臓に重いものがかぶさった様な気がして来た。死にかかった人がする様な目つきをして手をのぞき込んだ、きずはついて居ない、ただ青い手の甲に咲いた様にルビーを置いた様にコロッとした血がほんの一っ[#「一っ」に「(ママ)」の注記]ぴりたまって居るのを見つけた。
男はそれを見て急に痛のました様にチューチューとそこを吸って紙でふいて外套の中にしまった。何でどうしたんだかどうしても分らなかった。
「フフフフフフ」
鼻の先でとび出した様に女はそれを見て笑った。その声をきいた男は腹だちながら考えながら、「ヒヒヒヒヒヒ」と笑い返さないわけには行かなかった。恐ろしさと又何とも云う事の出来ない様な感情におそわれて男は口をきく事が出来なかった。だまって女の傍にならんで歩いて居るといきなりよろけるほどに男はこづかれた。
ビックリした目を女に向けると水色から生えた様に出して居る手の指先に何かが光って居る。歩く足をゆるめるとそれが紫の糸の通って居る絹針だと云う事とその先に一寸曇って血のついて居るのが分った。それと一緒に自分を射したものも分った。男はそれをとろうとすると女はつ[#「つ」に「(ママ)」の注記]ばやく手をひっこめてどこか分らないところににぎってしまった。男は手を出したら又刺されそうに思われたんでそのまんま又歩き出した。男は、女の前ではどんなに気を張ってもうなだれる自分の心をいかにもはかないものに思った。
「
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