だ、あんたの後には短刀をにぎってかまえてるものがあるんですもの……」
「そんな事ばっかり云って居ずと、……サ、どっかに行こう」
地獄の絵のかかって居るところ、短刀のあるところ、女の力の存分に振りまわされる所にたった一人男と云うまるで違った気持と体をもった自分が居ると云うことはキュッと一〆にくびられてしまいそうな、ほんとうに首をほうられそうな気がしてならなかった。自分も同じ男の沢山見えるところへ早く行きたいと思ってしきりにせめたてた。女はそのせかせかした男の瞳を見ては笑って居た。
それから間もなく水色のお召のマントに赤い緒の雪駄、かつら下地に髪を結んで、何かの霊の様なお龍と男はにぎやかなアスファルトをしきつめた□[#「□」に「(一字不明)」の注記]通りを歩いて居た。通る男も通る男も皆自分からお龍をはなしてもって行きたそうに思われた、そして又女も自分より外の会う男一人一人を知って何か目に見えない声で話し合って居る様に思われた。自分より二寸ほど低いところにある女の瞳を男はいかにも弱々しい目つきをしてながめた。男が見た前から女は男のキョトキョトした様子を見つめて居た。ジッとのぞき込んだ男の瞳と動かずにある女の瞳とはぶつかって男はふがいなく目をそらしてしまわなければならなかった。
「わたしゃもうあんたとあるくのがやになった――」
お龍はフッと立ちどまって斯う云ってサッサッと向う側を一人でわき目もふらずに歩いた。女がこんな風をするのはただあたり前の女が半分あまったれでするのとは違って何となくおそろしいものの様な気がして男はすぐにも追って行って又ならんで歩きたかった。けれ共自分は男だと思うと女、たかが十七の女に自分の心を占領されて居ると云う事をさとられるのはあんまりだと思ってともすれば向く足をたちなおしたちなおしあべこべの道を行った。お龍とすれ違う男と云う男は皆引きつけられる様に行きすぎたあともあたりをはばかりながら振り返って居るのを男は見て、どうしても独りで歩いて居ることは出来なくなった。
「何だ! いくじなしにもほうずがあろうワイ、ハ! 馬鹿馬鹿しい――」
自分で自分の心を男は罵って見たが却って女をふり返りふり返りして行く男達がねたましくなって「あの女は己のものだぞ」と男達に見せつけたい気がますばかりだった。口で云えない様な強い力をもった女と面と向って居るのがおそろし
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