り和らげられて響いて居たのである。
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「なあに、何でもないさ。
わし等を嫉んで奴等下らん事を云うとる。
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と主人は楽観して居て、自分達に加えられる批難の多ければ多い程自分の仕事は大きな力ある物なのだとさえ考えて居た。
或る時は鉱山師であり或る時は専売特許事務所の主人でありしたけれ共、いずれも只一時の事で、かなり山田の主人として成功した事と云えば七八年前から始めて今に至って居る西洋洗濯であった。
それも大抵の事はお関が切り盛りして顧客の事から雇い男の事まで世話をして居たので漸々今まで続いたので、主人は相変らず選挙運動だ何だ彼だと騒いで居た。
けれ共一二年前からはどうした事か急にキリスト教を盛に振り舞わして何ぞと云っては、
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「それは神の御心に叛く事と云うものだ。
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とか、
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「我々が斯うやって飯を食えるのは一体どなたの御かげだ。
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などと云って居た。
山田の主人はキリスト教は只世間の「馬鹿共」へ対しての方便だと思い、
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「な、そうだろ。
だからやっぱり信じとった方がいい。
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誰もお前『神様、神様』と云うとるものが泥棒だとは思わんもんな。
そうすりゃあ万事トントンに行くにきまってる。
とお関にも説き聞かせたのでお関もその気になって、
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「うちでもね貴方この頃めっきり人が変りましてすよ[#「変りましてすよ」はママ]、キリスト様を拝む様になりましてからね。
前には随分気が荒くて困りましたけれど、もうちっとも大きな声も出しませんでね。あらたかなものでございますねえ。
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などと云って居た。
其那有様で、今は西洋洗濯でまあどうやら行って居るのだけれ共、主人が考えなしにポンポンと借りて来る金を返すにいつも追われる様なので、子供の時分から貧困に頑なにさせられたお関の病的な気持は又もう一度巡って来た変転期にすっかりかたく強められて仕舞ったのである。
お関は自分達が惨めであればある程少しでもゆとりの有る生活をして居る者が嫉ましくて、彼れでさえあの位には暮して居るのにと思うのが原動力になって、季節季節には欠かさず養蚕をし、利益の多いと云う豚を飼い、裏の空地に葡萄棚さえ作って朝から晩まで落付く時なくせかせかして居た。
けれ共豚は子をせっせと産んで行くばかりで、それをどうやったら一番上手な遣り方で儲けられるかと云う事も分らなかったし、葡萄もどうすると云う程は土地の故でならなかったので、夢にまで五円札十円札を見てうなされながらお関は進みも退きもしない貧しさの中に立ちどまって居なければならなかった。
そんな時に、奉公先から片附けてもらって或る小間物屋の女房になって居たお駒が、顔に出来た腫物のために死んだ夫の一週忌もすまない内にその後を追いかける様にして自分も気病みが元で死んで仕舞った事は種々な点でお関を困らせた。
たった一人残されたその時十一の娘のお久美さんをどうしても自分の方へ引きとらなければならない事は染々《しみじみ》とお駒の在世をのぞませた。
主人も「どうせ子供だね、知れたものだよ」と云って居るので到々広い世の中に寄る辺ないお久美さんは山田の「伯母さん、伯父さん」に育てられる事になった。
お久美さんはお駒よりも却って父親に似て居たので、お関などとはまるで違った顔立ちと体つきを持って居た。
髪等も房々と厚くてどこか素なおらしい体つきの子であったが、まだ十三四で、四肢も木の枝を続ぎ合わせた様に只長い許りで、肩などもゴツゴツ骨張った様な体の中は、お関はお久美さんに対して何にも殊[#「殊」に「(ママ)」の注記]った感じは持たなかった。
時にはほんとに可哀そうな気になって、
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「お前の様な者が好い身寄りを持たないのは不仕合わせだね。
私共の様な所じゃあ何も出来ないからね。
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などと云う事も有ったけれ共、一度一度と日の登る毎にメキメキと育って来たお久美さんがすべての輪廓にふくらみと輝やかしさを持って来ると、お関はその力の満ちた様な体を見る事だけでも、一種の押えられない嫉妬と圧迫を感じた。
出来る丈見っともなく仕て置かなければならない気持でお関はいやがるお久美さんを捕えて、「働き好い」と云う口実で彼《あ》の西洋人の寝間着の様なブカブカしたものを夏にさえなれば着させて置いた。
けれ共其れは何にもつまりはならなくて、若さはその白い着物の下にも重い洗濯物を持ちあげるたくましい腕にも躍って、野放しな高い笑声、こだわりのない四肢の活動は却ってその軽く寛やかな着物の
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