になって云った。
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「ええそりゃあそうでしょうって。
 そりゃあ私にだってよく分って居る事よ。
 どうかして好い事は無いかと思っては居るんですけれどね、何にしろ私は今何の働きもない寄生虫なんですからね、思う様に事の運べないのはあたり前でしょう。
 貴女の苦しい事も辛い事もよく分って心配しながらどうも出来ないで居るんだから私だってそりゃあ辛い。
 だからね、貴女も私もどうしてもそう外仕様がない時にはそこで出来るだけの事をして居る方がいいじゃあないの。
 今の私で出来るだけの事を私は貴女にしてあげる。
「ええほんとにそうね。
 私だって貴女がいつでも云っておよこしなさるからそうは思っても此れから先の事を考えるともう何にもするのがいやに成って仕舞うのよ。
 私が一生懸命して居ても報って来るものったらいつだって同じ大きな声で怒鳴られる事なんですもの。
 仕栄がないのもあたり前じゃあないの。
「そりゃあそうでしょうねえ、ほんとに。
 だけれ共一生貴女は彼んな人の傍について居ずとも好いんだからこれから先の事を好く思って居る外ないでしょう。
 皆な人間はそれで生きて居られるんですものねえ。
「そうねえ。
 だけれど彼の人は一生私を離さない積りで居るんでしょう、きっと。
「どうしてまあ。
 まさかそんな事は無いでしょう。
「いいえ、そうらしいの。
 それも近頃なんだけれど、
 ヒョッとした事で私知って仕舞ったのよ。
 伯母さんは私を片輪だって云い歩いたんですって。
 ほんとに私あんまりだと思った事よ。
 山崎のお婆さんが、私は嘘だと知って居るからと云って教えて呉れたの。
「片輪だって?
 まあ、片づけないようにそう云ってるの。
 ほんとにそれじゃああんまりひどい。
「ですもの知らない人はまさか伯母さんがと思うからほんとだと思って仕舞うじゃあないの。
 そんな事までして私の邪魔を仕様仕様として居るんですもの……
 有りもしない事云われちゃ亡くなった母さんや父さんにだってすまないわ。
[#ここで字下げ終わり]
 お久美さんは静かに涙をこぼして居た。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は何と云って好いか分らなくなった。
 そんなにしてまで若い女を虐めずには居られないお関が此上なく憎く醜く思われて来ると共に、此那《こんな》に打ち明けて頼りにされて居る自分は又他人から世話にならなければならない年で、物質の助力は勿論、精神的にだって、そのためにどうと云う程の力添えも与えられないで居る事がどれ程不甲斐なく恥かしく思われたか知れない。
 まだ経験のない一日一日と育つ盛りにあるかたまらない考えでお久美さんを動かして行くと云う事は、まるで性質も之からの行き方も違って居る※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子には不安の様でも不忠実の様でも有ったので、いつでもお久美さんの仕様と云い出した事を判断して居た。
 自分で自分が頼り無くて※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は青白い頬に涙を伝わらせた。けれ共お久美さんはじきに涙を止めて云い出した。
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「恭がね、
 そりゃあ私に親切にして呉れるのよ。
 あんまり伯母さんが甚いってね。
 そいでこないだも一寸云ったんだけれ共、
 自分の家が信州に在って去年父親が亡くなって一人ぼっちで居る阿母さんが淋しがって、帰って来い来いて云って来るんですって。
 だから自分は近々に帰るつもりで居るからお久美さんも一緒に行らっしゃいって云うの。
 自分こそこんなにして居るけれど家ではちゃんとして居るからちゃんとお嬢さんにして好い様にしてあげますからって云うんだけれども私そんな事出来るこっちゃあないって断わったのよ。
 変ですものねえ。
「まあそんな事云ったの。
 ほんとにそんな事出来る事《こ》っちゃあない。
 恭だって高が雇人じゃあ有りませんか。
 どんな素性だか分りもしないのに……
 恭も亦あんまりですね。
 仮にも主人の貴女にそんな事まで云うって。
 貴女恭は親切だってよく云うけれ共、一体ほんとに親切なの。
 あぶないじゃあないの。
「ええ、そんなにこわい声を出さずと好い事よ。
 誰もあれの云う事なんか真に受けないから。
 だけれどね、親切は親切だ事よ。
 いろいろ力をつけて呉れるわ。
 それに学問も有るんですものね。
「学問たって中学を出た位なもんでしょう。
「いいえそうじゃあないの。
 どっかの工業学校へ入った年に病気で落第したら頑固な父さんがあんまり怒るもんで自棄《やけ》になって家を出て仕舞ったんですって。
 だから可哀そうな所もあるわ。
 何だかむずかしそうな英語の本も持ってる事よ。
「そりゃあそうかもしれないけれどね。
 あんな人に
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