た。
活々した葉が真昼の日光に堅く輝く桑の木の間を通って居る一番池への近路の畑中を抜けて、胸の高さ位の上を通って居る往還に登るとすぐ前を走って居る小川の土橋を渡った。
渡り切った所はもう池である。
力強い日が池の水面に漲り渡って、水浴をして居る子供達の日焼けした腕が劇しい水音を立てて水沫を跳ね飛ばしながら赤く光って、出たり入ったりして居る。
鋭い叫び声とバシャバシャ、バシャバシャ云う音に混って如何にも愉快な木の葉ずれが爽やかに※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の躰を包んで、夏の嫌いな※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子にも「此処許りは」と思わせた。
向うの道から来るお久美さんに先[#「先」に「(ママ)」の注記]ぐ見つかる様にと、往還に沿うて続いて居る堤の青草の上に投げ座りをして体の重味で伏した草が白い着物の輪廓をまるで縁飾りの様に美くしく巧妙に囲んで居るのを見たり、モックリと湧き上った雲の群の前にしっとりと青い山並が長く長く続いて、遙かに小さい森や丘が手際よく取りそろえられて居るの等を眺めながらお久美さんの足音を待って居た。
お久美さんの姿が※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の目に入るまでには大変に長い時間が立った。
恐ろしく長い間待って居たと※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は感じて居るのであった。
心持上半身をうつむけて暑い中をせっせと歩いて来るお久美さんの紺色の姿が※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の目に入ると、彼女は弾かれた様に立ち上って、微笑のあふれる顔を真直にお久美さんを見ながら半ば馳ける様に出迎に行った。
両方から急いで二人はお互に思ったより早く堤の終る所で会う事が出来た。
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「まあよく来られた事。
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※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は手をお久美さんへ延しながら安心して震える様な声で云った。
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「沢山お待ちなさって。
伯母さんの出掛け様が遅かった上に今まで役場の人が来て居たんで……
「そう、
大丈夫よ、幾らも待ちなんかしない事よ。
私だって今一寸前に来たんだから。
「そう、そんなら好いけれ共。
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二人はゆるゆると歩いて、さっき※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子が居た所に又並んで座った。
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「今日は随分暑いわねえ。
こんなじゃあ八月になるのが思いだわ。
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お久美さんは頬を火照らして平手で押えたり袂の先で風を送ったりして居た。
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「そうでもありませんよ。
風がよく通るんですもの。
そんなじゃ東京へでも出て一夏送ったら暑い暑いで死んで仕舞いますよ。
「そう云えばそうだけれど……
そんな事云ったって貴女だって矢っ張り、暑うござんすね暑うござんすね、まるで体中燃えてきそうだっておっしゃるじゃあ有りませんか。
駄目よ、誰だって暑いんだもの。
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二人の間には罪の無い笑い話が取り交わされた。
祖母の家へ来てから余り吐き出されないで居た持前の「おどけ」が後から後からと流れ出して、体も心も彼の青い空と水の中に溶け込んで仕舞った様になった※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は、思う事も云う事もないと云う風にお久美さんを見ては満足の笑を浮べて居た。
頭をかしげて池と※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子を半々に見て居たお久美さんはいきなり「ああそうそう、私どうしても貴女に伺おうと思って居た事が有る」と云い出した。
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「あのね、先月の始頃私の所へ手紙を下すった事があって。
「先月の始め頃?
どうして、私はっきり今覚えてないけれど。
どうかしたの。
「いいえね、
伯母さんがどうも手紙をかくすらしいのよ、
大概のはね、受取ったものが私ん所へ持って来て呉れるけれど、誰も居ない時来たのは皆どうかなってしまうんじゃあ有るまいかと思う。
何故ってこないだ貴女の行らっしゃった二三日前にね、何心なく伯母さんの針箱の引出しを明けたら何だか書いたものが小さく成って入ってるんでしょう。
悪いと思ったけれどそうと出して見ると貴女のお手紙なのよ。
私もうほんとにびっくりしちゃったわ。
だってね、捨てる積りだったと見えて幾つにも幾つにも千切って順も何もなく重ねてあったんで、どんな事が書いて有るんだか分らなかったのよ。
よっぽど出して知らん顔をして居ようかと思ったけれど、何だか怖いからそのまんまに仕て置いたけれど。
貴女覚えて居ら
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