年寄は非常にその熱心らしい調子が気に入って、東京の塩瀬のお菓子と云う因縁付きの取って置きの物まで食べさせたりした。
 そしていつでも引き合いにお関とお久美さんが出て、※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子が居たたまれない程種々有る事ない事、お久美さんの噂にまで話は拡がって行って、来た者の帰った後ではきっと、
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「お前は夢中で贔屓してお居でだけれどね。
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と、目先の利かないと見られて居る※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子が小一時間も山田の一家の事並びにお久美さんの解剖を聞かなければならなかった。
 毎日きっと一度は同じ事を聞かされて居たけれど、※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子はどうしても祖母の言葉を信じる事が出来なかった。
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「彼那お関等のために誤解されて種々下らない事を云われて居なければならないお久美さんを考えればほんとに可哀そうにならずに居られません。
 あの位苦労をして辛い思いをして居ながら心の素直な人はあんまり居ないでしょうのにね。
 百人の中九十九人、彼の人を何か彼にか云っても、私だけはちゃんと彼の人を守って行かれる丈しっかりした考えを持って居ます。
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と云って、祖母に嘲笑われながらそんな事が一度一度と度重なるに連れて、
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「自分丈は正しい理解を持った同情者であり得る。
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と云う考えが深さを加えて行くばかりであった。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子はお久美さんに対しては純な混気のない心が働いて行くのを頼もしく有難い事に思って居た。
 橋本の金の事が有って以来、※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は山田の家へ行く事を祖母に云う事が出来なかった。
 一度|等《など》は祖母が止めるのも聞かずに出掛けて行くと、漸々山田の家の垣根まで行くか行かないに男を走らせて、
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「御隠居様が、用事があるから私と一緒にお帰りなさる様にとおっしゃいます。
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と云ってよこさせた。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は余程帰るまいかとも思ったけれど、男に対して祖母の面目を失わせる様ではと思うと渋々ながら又戻って行った事さえあった。
 極端に、その名を聞いてさえ虫酸《むしず》が走る程山田に悪感を持つ様になった祖母は、そんな家へ行きでも仕様ものなら一生払い落す事の出来ない「つきもの」にとりつかれて仕舞いでもするか、髪の一本一本にまで厭な彼の家の空気が染み込んででも仕そうに感じて居たのだから、お久美さんに会う等と云う事は以ての外の事で有った。
 けれ共※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は会わずには居られなくなった。
 時々裏の方へ歩きに出た次手に立ちよって、細い畠道を二人でたどりながら小一時間費す事さえもあった。
 重三と恭とに気を奪われて居るお関は、お久美さんに対しては、何か考えて居る所が有るのじゃあないかと思われる程、手をつけずに放って居た。
 その御かげでお久美さんは折々それも一週に一二度ではあったけれ共外で立ち話しも出来る余裕を与えられた。
 一時間近くも、又時によるとそれよりも長く※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子が出た限《き》り帰らない時は祖母は、又お久美さんの所へ出掛けたのだと云う事は感付いて居たのだけれ共、あんまりやかましくは云わなかった。
 割合に単純な心は、一々確かに云ってからされるより、だまってされて居る方が自分としては堪えられる様でも有った。
 会う度毎に※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子はお久美さんの屈託の有るらしい様子に気が付かないではなかったけれ共、若し別にどうと云う事も思っては居ないのに自分の言葉で、
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「ああほんとにそうだ。
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と潜んだ気持まで呼び起す様な事が無いものではないと思って居たので、出来るだけ気を引き立てる様に気を引き立てる様にとはしながら別に立ち入った気持まで聞く様な事は仕ずに居た。

        十五

 お久美さんは「お※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]さんになんて今の私の心が分るものか、彼の人は呑気なんだもの」と思いながら種々案じて居るらしく気遣って居る※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の様子を見ると、又何となし頼りの有る縋って居たい様な気にもなったのだけれ共、喉まで出掛って居る最初の一言を云い出す決心が付かないで、※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−
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