体は震える程ねたましかった。
 お関は様々の混乱した感情に攻められて何事も落付けない日を続けて居た。
 けれ共間もなく恭吉は狂気の様な熱心と執拗さで発表された四十を越した女の爛れた様な羞恥のない熱情の下で喘がなければならなかった。
 勿論、お関に対して恭は或る強味は持って居たのだけれ共、テラテラとした日の下で弛んだ筋肉のだらしなく着いた体を曲げたり伸したりして、其の獣の様な表情のある顔に大胆な寧ろ投げ遣りな影の差して居るのを見ると、胸の悪くなる憎しみと、侮蔑とを感じないわけには行かなかった。
 恭吉は徹頭徹尾お関を馬鹿にして居た。
 お関は恭吉に対して殆ど極端な嫉妬と不安とを持って居たにも拘わらず、不思議な悪戯者が何処か見えない所から二人を意地悪く操って居た。
 お関自身身を離れない仇敵として此上なく憎んで居る自分の調わない容貌と傾いた年齢とは此の時無意識の好意ですべての事の上を小器用に被うものとなった。
 山田の主人はその間中も恭を見る毎に自分の実子の無い淋しさをお関に訴えた。
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「俺にも恭位の息子が有ればなあ。
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と云う時の彼は実に落着いた淋しい気の毒な老年の男であった。
 彼の心が珍らしく真面目に悲しみを帯びて、自分の墓を守って呉れるべき若者を待ち望んで居るのを知ると、お関は、重三の生き返る日の来た事を非常に喜んだ。
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「若し似て居さえしなければ。
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 お関は押え切れない望みに動かされてY県に居る実の母と子に会いに行った。
 お関は二十幾年振りかで帰った故郷の有様に皆驚く事ばかりで有った。
 六十を五つ六つ越した母親が余り衰えもせずに、せっせと人仕事をしたり、重三と一緒に少しの土地を耕したりして、思ったよりはひどくない生活をして居るのも思い掛けない事ではあったのだけれ共、骨太に堅々と肉の付いた大男が自分の息子で有ろう等とは、「ひよめき」のピクピクしてフギャーフギャーと云って居た間二三日丈見て居た自分に実に驚くべき事で有った。
 身丈の気味の悪い程大きい体に玩具の様な鍬を下げて一人前の男にノッシリ、ノッシリと働いて居るのを見ると、しみじみ二十年余の月日が長かった事を思わずには居られなかった。
 お関は「可愛がるには大きすぎる」と云う様な感に打たれながら母親に耳打ちして、自
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