な男に育って居るだろう、ぜひ一度は会いもしたし、出来る事なら家へ入れたいと云う願望がはげしく起って、長い間親知らずで放って置いた大切な息子へ気の毒であったり済まなかったりする気持が一方恭への態度をより丁寧に思いやり深くさせた。
まだ二十三で何処かしら未熟の若い節々がお関に自分の子に対する様な気持を持たせるに充分であった。
暑い日には町への使に出したくない、出来る事なら何にもさせずに楽をさせて置きたいと云う彼女等の階級の頭には先ず第一に起る姑息の愛情に全然支配されて、恭の口軽なのについ釣られて、自分等の内幕の苦しさを幾分誇張してまで話して聞かせる様な事さえもあった。
けれ共恭は何処までもお関を飲んで掛って居た。
お関が自分に対して持って居て呉れる好意を利用しない程自分は気の廻らない人間ではない等と思って居たので十九の時家を飛び出してから此の方彼処此処と働いて歩いた家々の中では一番住みよくもあり勝手の利く落付き場所であった。
お関は恭に対しては実に静かな心持で接して居たのだけれ共、或る日フト恭が小女にからかってさも面白そうに並びの好い歯をチラチラさせて笑い興じて居るのを見ると、又今まで眠って居た種々の気持が徐々と目ざめて来たのであった。
[#ここから1字下げ]
「恭は男だ。
[#ここで字下げ終わり]
此の言葉は非常に複雑した気持をお関に起させた。
[#ここから1字下げ]
「恭は男である。
[#ここで字下げ終わり]
お関の目前には今までとまるで異った恭吉と云う二十三の男が若くて達者で見よい姿を以て現われて来たのである。
お関は恭の前に近づくすべての女と云う女に対して自分は非常に堅固な防材とならなければならないさし迫った必要を感じたので、洗場へ行く者は只一人自分のみを選び「若い女」と云うお久美さんへ多大の注意を向けて居た。
恭は如何にもちゃんとして居る。
利口であり美くしくもある。
今こそ斯うやって居ても近い未来に幸福になると云う事は分りすぎて居る位明白な事である。
そしてお関は恭に対して明かに嫉妬を感じ始めたのであった。
恭が何の差し支えもなくドンドンとはかどらせて行く幸福への道順を手放しで歩かせて見て居る気にはなれなかった。
此の恭吉のために此の広い世の中のどっかの屋根の下に一刻一刻と育ち美くしくなりまさって居る娘のある事を考える丈でもお関の
前へ
次へ
全84ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング