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「だめよ、一寸先生の所へ来た次手によったんですもの。
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と振り切る様にして又元の雨落ちの所から下へ下りた。
 割合に何でもない様に気持悪く汚れた平ったい下駄を又履いたお久美さんは、裾をつまみあげて体に合わせては小さ過ぎる傘を右手に持つと、
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「あさってね。
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と云うなり内輪にさくりさくりと芝を踏んで拡がってある無花果の樹かげから生垣の外へ行って仕舞った。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子はお久美さんが居なくなってかなりの時がたつまで、何だかそわそわした誰かがどっかから隙見をして居るのを知りながら見出せない様な気持で居た。

        三

 お久美さんはちっとも奇麗な人ではなかったし勿論不幸な生活をして居るのだから※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子と話が合うと云う頭の発達は少しも仕ては居なかった。
 けれ共十の時から今までのかなり長い間年に二度会うか会わないで居ながらどうしても弱らず鈍る事のない愛情を※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は持ちつづけて来た。
 お久美さんの両親のない事、力になるべき兄弟の一人も此の世に居ない事、まして彼《あ》の半病人の様なお関に養われて居なければならないと云う事はどれ程※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子に思い遣りを起させたか知れない。
 小学校に入った時から飛び抜けて「仲よし」と云う友達を持ちたがらなかった※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は始めて会った瞬間から、
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「この人は私大好き。
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と子供心に思い込んで仕舞ったお久美さんに対しては年と共に段々激しいいつくしみを感じる様になって来た。
 年は自分より上であっても確かな後立てもなく厭なお伯母さんにホイホイして居なければならない人を想うと※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は只仲よくして居るとか可愛がって居るとか云う丈ではすまない気になって居た。
 自分の力の及ぶ限りお久美さんを安らかにさせてやらなければならないのだとも思い又あんな悲しい目をこらえて居られるのも二人の助け合いがさせて居るので、私がお久美さんを思わない時のない様に辛い涙
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