のかげでお久美さんの呼ぶのは亡くなった両親でなければ自分だと云う事も信じて居た。
 十位の時からの交わりはお互の位置の違いだとか年の違いだとか云う事を離れさせて仕舞って居るので、十九のお久美さんは二つ下の※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子に愛せられ大切にいつくしまれて、困る事と云えば打ちあけて相談するのが習慣になって居て、二人は打ちあけて話して居るのだとか上手く相談に乗って呉れようかくれまいかなどと云う事に関しては何も考えも感じもしない程「一緒の者」と云う気になりきって居た。

 ※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子が十の時二つ上のお久美さんは最う沢山に延びた髪を桃割に結ってまるで膝切りの様な着物の袖を高々とくくり上げて男の子の様に家内の小用事をいそがしそうに立ち働いて居た。
 始めて二人の会ったのは今でも有る裏の葡萄園であった。
 その年始めて一人で祖母の家へ避暑に来た※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子はお関に連れられてそこに来た。
 その葡萄園は低い生垣で往還としきられて乗り越えても楽に入れる程の木戸から出入をする様になって居た。
 葡萄と云えば藤づるの籠か紙袋に入ったの許りを見なれて居た小さい※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子はまるで南瓜の様に大きい勢の好い葉が茂り合って、薄赤い赤坊の髪の毛の様にしなしなした細い蔓が差し出て居る棚から藤の通りに紫色に熟れた実が下って居るのを見た時はすっかりおどろいて仕舞った。
 地面には葉の隙間を洩れて来る夏の日光がキラキラときららかな色に跳ね廻り落ちた実が土の子の様に丸まっちくころっとしてあっちこっちにある上を風の吹く毎にすがすがしい植物性の薫りが渡って行った。
 葉ずれの音は※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子が之まで聞いた何よりもきれいだと思った程サヤサヤと澄んだ響を出し、こんなに広い広い園の中一杯に自分勝手に歩き廻る事もかけ廻る事も出来ると思うと空想的だった※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は宇頂天に成って、自分が、自分でよく作っては話して聞かせるのを楽しみにして居た「おはなし」の女王様になりでも仕た様な浮々した愉快な気持になって居た。
 独りで先に入って行ったお関は大変丸々とした頬の美くしい女の子をつれ
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