に写った事だろう。
 お久美さんが少許の間を置いて静かに話し出したまで、ほんの一二分の間に、※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は今まで生れて此方一度も感じた事のない様々の思いに、熱くなった頭が、自分の云った事さえ後から思い出せない程、ごちゃ混に彼も此も攪き乱されて仕舞った。
 お久美さんの顔を見た瞬間に、「済まない」と云う気持が電光の様に※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の眼先に閃いた。
 せわしい中から丹念に寄こして呉れる便りにも、兎角返事が後れ勝ちで有ったと云う事、お久美さんはきっと、一日の大部分の時は私の事を頭の何処かには置いて居て呉れたのだろうが、自分はいくら頭を使う事が多いとは云え、殆ど一日中お久美さんの名の一字さえ思い出さぬ時が決して少なくは無かったと云う事、まだ其外いくらもいくらも口に云われない程の済まないと云う気持が一緒になって、真黒にかたまって、※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の上にのしかかって来た。
 が、その辛い思いも、お久美さんの静かな身のこなしに和げられると「お久美さんは自分のものだ」と云う不思議な喜びが渦巻き立って、自分の力が強められた様な誇らしい心持に移って行った。
 それ等の心の遷り変りは実に実に速くて、目にも止まらぬ程のものでは有ったけれ共、※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の心は非常に過敏に、明るくなったり暗くなったりして動かされた。
「私のお久美さんだ」と云う満足が押えても押えても到底制しきれない力で延びて行くと、病的な愛情が※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子の胸を荒れ廻って、「若し万一此の人に自分でない者が斯うして居たら」と云う途徹も無い想像の嫉妬までおぼろに起って来までした。
 けれ共やがて、それ等の過激な感情が少しずつなりとも鎮まって来ると、純な愛情に溶かされた様な、おだやかな、しとやかな、何者かに感謝しずには居られない嬉しさに※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は我を忘れて居た。
 お久美さんは大変静まった様子をして居た。
 手を預けた儘打ち任せた寛やかな面差しで居るのを見て※[#「くさかんむり/惠」、第3水準1−91−24]子は何となし驚ろかされた様な気持になった。
 ※[#「くさかんむり/惠」、第3
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