て生れ落ちるとから離れて居たので、はっきりどうと云う程心に銘じて居は仕ないので、矢吹が自分の生れた家だとして置いても差し支えは無かった。
殆ど十位の子供程単純な一色の心を持って居る重三は世の中の不平を知らないで生きて来た。
朝から日の落ちるまで鍬を握って泥掘りをして居た時も之が自分の運だと思って居た。
今斯うして、山田の家の若旦那に成り、重三さん重三さんと云われるのも運だと思って居るから、振り返って見る今までの事が非常に辛かったとは思わないが、今の身分もそうひどく大切では無かった。
けれ共、勿論種々な点で前よりも身体の労働の少くなった事を大変気持好く感じて居た。
其れから又、自分の毎日の生活にお久美さんと云う若い娘が加わって居る事も重三には珍しかった。
今まで朝夕顔を見合わせて居たのはもう六十を越した老女で有ったに拘らず、何処から何処まで力の張り切った様な滑かな皮膚と艷やかな髪を持ったお久美さんは、重三の目に殆ど神秘的に写って、素足が小石混りの熱い地面を走って通る時、重そうな釣瓶を手繰るムクムクした手を見ると、黙って見ては居られない様な気が仕て居た。
けれ共物馴れない重三は其那時自分の取るべき方法を知らないので近寄りもしずに遠くから気の毒そうに眺めて居る許りであった。
上半身をズーッと下げて、下の板間に敷いた紙にサラサラサラサラ音を立てながら素早い手付きで髪を梳いて居る姿、湯上りの輝いた顔を涼風に吹かせて凝り固った様にして居る様子等は、皆重三に自分とはまるで異った美くしいものだと思わせた。
素直な崇拝者が其の偶像に対した時と同じ気持で、別世界から降って来た様なお久美さんを見て居た。
容貌の美醜等と云う問題は重三の頭になく、只珍らしい、何だか奇麗に違いないらしい気持がして、出来る丈度々声も聞き姿も見て居たかった。
けれ共お久美さんは出来る丈重三と顔を合わせまいとして居た。
目の前に其の魂を何処かへ置き忘れて来た様な顔が出ると、其処に居たたまれない程不愉快に情なく成って、重三が此那で有れば有る丈お関は否応なしに自分と一緒にするに違いないと云う事が動かせない事の様に思われた。
恭吉に顎で使われて、何を云われ様が頓と怒った顔を見せた事のない程鈍いのに、体許り鴨居に支えそうに縦横に大きい銅羅声の重三をどう思い返しても好くは思われなくて、其の馬鹿正直に
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