ついた露台に出られた。隣りとの境に扇形に梢をひろげた楓の大木があって、その蔭に灰色の塀がめぐらされた隣の家の扉が見える。往来をへだてて公園の入口があった。緑の間に鉄柵が見え、午睡の時刻で、そのあたりには人影も絶えている。緑の濃さと強い日に光っている広い道の寂しさには、北ヨーロッパらしい風景の或る美しさがあった。籐のはぜかかった古い揺り椅子がそこにあった。
 一昨日電報を読んだ瞬間、受けた衝撃のうちに、既に実に複雑なものがこもっていた。朝子は自分が気を失うようになった打撃のうちには、謂わば自分がここにこうしている、その現実をもたらしているあらゆるものが、まるで逆にとめられていることを身に迫って感じた。
 十を越したばかりの妹のつや子のことは分らなかったが、上の弟の和一郎とも朝子自身とも保の気質はすっかり違った。保が、赤いポンポンのついた帽子をかぶっていた小学の二年ぐらいのとき、或る朝、学校の前にある緩くて長い坂のところで同級の友達たちが何人か群になって、そこをギーギー云いながらのろくさくのぼって来る電車を追い越そうとして、一生懸命電車のわきを走っているのを見つけた。保はその電車にのってい
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