あった。「その二三日来特に暑気甚しく」というようなところに父だけおいて皆は避暑に行っている留守の家の気配や父親としての追懐が滲み出ていた。白絣にメリンスの兵児帯をしめた保はその日の午すこし前、女中部屋のわきを通って、ちょっと友達のところへ行って来るよ、と云ったそうだ。昼飯はあっちで食うからいいよ。女中が、では晩はどうするかときいたら、歩きながら、それもついでに御馳走になって来ようか、少し図々しいかな、と笑って門の方へ出て行った。それから戻ったことは誰も知らなかったのであった。
 九月初旬の日曜で、表側の朝子の部屋は人通りがうるさく、素子の室で、朝子は読み終った分から一枚ずつ書簡箋を素子にまわした。二日経って漸々《ようよう》保が発見された時、猛毒アリと大きく書いた紙が貼ってあって半地下室へ入れず、外から僅にガラスを破壊して一刻も早く空気交換をせんとすれども、折から雨にて余の手にある煽風機は間もなく故障を起し、というところへ来たら、朝子は涙が出て読みつづけられなくなった。その雨には父の涙がまじって流れた。光景はまざまざと目に映るばかりである。朝子はくいつくように何度もそこを繰りかえし読んだ
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