ことが出来なかった。するとエレーナがはしゃいだ高調子で、
「思いがけないこと!」
そのまま真直近づいて来た。
「お邪魔になりまして?」
ヴェルデル博士は黒い帽子の縁にちょっとふれて、極めておだやかなうちに一抹の苦みをもって、
「私には誰が誰の邪魔をしたか分りませんよ」
技師にも会釈して、こちらの一行は行きすぎた。そんなこともあった。
土曜、日曜には、全くちがう若々しい波が停車場から溢れ出て、美術館を中心の一公園から街路から一杯になった。下宿の露台から見える公園の入口の歩道の上には向日葵の種売り、林檎売り、揚饅頭売りが並んだ。終日、髪をプラトークで包んだ若い娘たちや運動シャツにちいさい高架索《コーカサス》帽を頭にのせた若者、赤いネクタイをひらひらさせた少年少女が列をつくって通ったり、二人三人づれで行ったり来たりした。空気は微かに鼻をくすぐるように暑く埃っぽくなって、声量のある笑声や歌声、叫び声や駆ける跫音などがその中へ溶けた。
朝子は露台から長い間そういう光景を見ていた。その溌剌とした、粗末な服装をした若者たちの動きのなかには、いかにも朝子の情愛をひく何かがあった。見ているうち
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