出来るだろう。それを保は知っているだろうか。朝子は自然の感情から何心なくそういう意味を云ってやった。すると怒りが字にまで出ている多計代の筆で、純真な保の唯一のよろこびにまで傷をつけずにはいないあなたは、云々と云って来、同時にまるで人目をしのんだような一枚の外国葉書に、保自身が例の細いこまかい字の横書きで、手紙の礼と、温室については僕は一遍もそういうことは考えてみなかった、僕は大変|愧《はずか》しいことだと思ったと、終りの一句にアンダラインしてよこした。
 僕は大変愧しいことだと思った。そのなかに、今はもういない保の体の暖かさや、声や、子供っぽく両手で膝を叩いて大笑いする顔つきやが思い出され、朝子は、愛着に耐え得なかった。可愛い、可愛い弟の保の俤《おもかげ》であった。
 心配してさがしに来た素子の手を握りしめて、朝子はきれぎれに云った。
「保ぐらいの若い人に死なれるのは、こたえかたがちがう……全くこたえる」
 そう云って涙をこぼした。
 朝子たちの周囲には、平凡なようでまたそうでもない夏の下宿らしい日々があった。
 食卓についているとき韃靼風に頭を丸剃りにして白麻の詰襟を着た四十がらみの
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