用ですからお帰りに教員室に来て下さいと云って、丸い、禿げた頭を振りながら出て行きました。
「何の御用なのかしらん」
 芳子さんは、お包を抱えながら、思わず独言を云いました。何でお呼びになるのか、一向見当がつきません。けれども、何も悪い事をした覚えのない芳子さんは、ちっとも不思議にも、厭にも思いませんでした。
 芳子さんはお包みが出来ると、政子さんに、「お先にお帰りなさい」と云って教員室へ入って行きました。
 机に向って、何か読本を読んでいらっしゃった先生は、芳子さんが入って来るのを御覧に成ると、椅子からお立ちに成って
「あちらへ行きましょう」
と、傍の扉をお開けになりました。
 其処は、ふだん使わない部屋で、参観人が、ちょっと休んだり、先生方の小さいお集りの時などに用《つか》う処なのです。
 人のいない処に連れて行らっしゃったのは、勿論、多勢の人々には聞いて欲しく無いお話をなさる為でしょう。
 芳子さんを、一つの椅子にお掛けさせになると、先生は少し更《あらた》まった口調で仰有いました。
「三田さん、政子さんは貴方と一緒のお家にいらっしゃったのですね」
「そうでございます」
 芳子さんと
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