が瀰漫して、その人々のために、幅ひろい、なだらかな、そして底の知れない崩壊への道が、軍用トラックで用意されていたのであった。
そのころ、文芸家協会の事務所が、芝田村町の、妙に粋めいた家に置かれていた。一室に事務所があった。私は、ある午後、ひとりでそこを訪ねた。英文学の仕事をしていた某氏が事務担当をしていた。私の用事は、前に中野さんと某氏を訪ねたとおなじ題目であった。文芸家協会は、大正年代に組織され、古い歴史をもつ日本で唯一の文学者の集団である。理事というところには、日本の代表的著述家・作家が顔をならべている。これらの人々の顔ぶれの世俗的に賑やかな体面上からも、日本の文学が瀕している危機にたいして黙っていられないはずであろうと思えた。こちらからの話があれば、文芸家協会の議題にのぼることなのだろうか。
光線のたりないその事務室で、正直な某氏は、苦渋の面持ちであった。
「それは、もう当然、問題にするべきなんです。しかし……今の理事は――」
「どなたから提案なさるということも不可能なんでしょうか」
「率直にいって麻痺していますからね、どの点からも――。想像もしていないでしょう」
「しかたが
前へ
次へ
全15ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング