、また他の一方から観察すると、そこに微妙な心理の契機がひそんでもいる。自分をどう解放していいのか分らない女の思い。身もだえする若い妻としての思いに屈して何年もすごして来ていた作者が、その心情の昏迷に飽き疲れて自分という始末のつかないものの身辺から遠くはなれてそれを眺めることができる題材。観察し、描くことのできる何かをつかまえたい本能的な欲望が作用していた。今から考えれば、その欲望は、作者が感情錯乱の中からそうとは自覚しないで求めた一つの客観性、客観的態度への転換の要求であったと思う。作者は一面では現実逃避して「古き小画」に没頭したのであったが、三ヵ月にあまるこの仕事への没頭――調べたり、ノートしたり、書いたりしてゆく過程で循環してつきない自家中毒をおこしていた精神活動の上に知らず知らず、やや健全な客観の習慣をとりもどすことが出来たのであった。翌年の秋から「伸子」が執筆されはじめた。その前提となって、はげしい心の病気からの立ち上りが示されている作品であった。
「古き小画」では、素朴な古代人の感情、行動、近東の絵画的風俗などに少なからず作者の感興がよせられている。エクゾチシズムが濃い。しかしテーマは、古代ペルシアの王と諸公(英雄たち)の運命を支配していた封建的な関係。同じ社会的な条件で、その愛も全うされなかった男女、その間に生れた雄々しい若者。最後のクライマックスで、封建社会での王は最も頼みにしているルスタムの哀訴さえ自身の権勢を安全にするためには冷笑して拒んだ非人間らしさを描き出している。
「渋谷家の始祖」は一九一九年のはじめにニューヨークで書かれた。二十一歳になった作者が、めずらしく病的で陰惨な一人の男である主人公の一生を追究している。描写のほとんどない、ひた押しの書きぶりにも特徴がある。
 ニューヨークのようなところに生活しているとき、若い作者がなぜその人として珍しいほど暗い題材をそれ自身が一つの異常である書きぶりで書いたのだったろうか。時を経た今考えてみると、この「渋谷家の始祖」のモティーヴはきわめて心理的だったと思われる。一九一八年の十二月ごろから、作者はニューヨークで、のちに結婚したペルシア語の専門家であるひとと知り合った。結婚にまで進んだ恋愛の初期に、作者が「渋谷家の始祖」のような題材に着目した点が注意をひく。その当時、作者が全然自覚していなかった心理的な
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