が、どんなに巨大な機構のうちの小さくて消極的な断片であり、しかも海岸の棒杭にひっかかっている一本の枝とそこについているしぼんだ花のような題材にすぎないかということは理解しなかったのである。
作品の年代でいうと、次にかかれたのは「小祝の一家」「鏡餅」「乳房」「突堤」である。「小祝の一家」「鏡餅」「乳房」どれも今から十四五年前、日本で民主的な文化運動さえも権力によって暴圧されていた時代、人間らしい正当な活動はひそかに組織され、多くの犠牲をもって実行されていた頃の出来ごとがかかれている。これらの作品のなかで、その頃、あいまいな奴隷の言葉でしか表現されなかった箇所は、わかるように埋めた。「鏡餅」は一九三四年一月八日にかかれている。その十三日前、宮本がスパイの手を通じて検挙された。ひどい拷問にあっていることがわかった。妻には着物のさし入れさえさせなかった。正月二日に山口県の田舎へ行って、宮本の母を東京につれて来て、面会を要求し、やっと生きている姿をたしかめた。以来十二年間宮本の獄中生活がつづいた。一月十五日には私も検挙された。その切迫した数日のうちに、苦しい涙が凝りかたまって一粒おちたという風
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング