と夫婦でない、結婚生活でない共同生活を十三年営んでおられる。
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「苦しみぬき、もまれぬいてから、人生にはどんなにしても手のとゞかぬ不幸があり、どんなにもがいても、ぬけきれない苦しみがあることや、それに対する諦めや、そしてまたそのために人をうらみ、世をうらむ心を失ってしまったことに気がついた。静かなる愛、それは月の光をすくったような美しくきよらかな母の愛だけが今の私にはのこされている。いずこかに在る徹也よ。母はかくて母の清浄を守り、あなたのふるさとなる躯を、病と貧との中で、清く静かに生かして来た。これからも私に変りはないであろう。」
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『静かなる愛』はそういう特別な女の心、母の心の露が生活の朝夕にたまった泉のような詩集である。病みぬいた魂の平安と感じやすさというような趣のみちた作品である。特に、『静かなる愛』の後半には、そういう一つの境地に達した人生感、人生への哲学が表現されているのだが、私は、それよりも女の読者の一人として、前半にあつめられている詩のいくつかにうたれた。

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生れて何も知らぬ吾子の頬に 母よ 絶望の涙をおとすな
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 格調たかく歌い出されている「頬」

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忘れかねたる吾子初台に住むときいて
通るたびに電車からのび上るのは何のためか
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 呻きのように母の思いのなり響く「秋」世路の荒さを肌に感じさせる「南風の烈しき日」

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ひとりをかみしめて食む 夕食と涙
たよりにする親木をもたない小さい花は
くらしの風に思うまゝ五体をふかせて
つぼみの枝も ゆれながらひらく
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「女ひとり」のこの涙は、作者一人の味わったものではないであろう。
「ひとりの時」につましく鳴る喜悦のように表現されている充実感。「春来る」に流れ溢れている生活的な美感。「銀鱗」も、北国の五月、にしんの月の五月、まずしき生活の子供たちが生命のかぎり食べて肥ゆるなつかしき五月を溌剌とうたっている。暖くきらめく作者の感動は、「冷雨」において

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苦悩が 衆生のものでなくして
私ひとりのものであったら
何を 矜持として 生きるものか
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という、ひろがりをもっている。


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