してのビリューコフは、終始一貫して事実に正確忠実であろうとし、常に「トルストーイ自身をして自己を語らしめるように努力」している。その態度が、つまりはこの伝記の資料的な豊富さをも信頼に足るものとしているのである。
第一巻は、トルストイの祖先たちの家譜から一八六二年、既に作者として揺がぬ歩みを示しはじめた三十四歳のトルストイがベルス家のソーフィヤと結婚するまでを扱っている。
この大部な第一巻だけを見ても、内容の精密さ、遺漏なきを期せられている周到さがはっきりわかるのであるが、同時に、頁毎にくりひろげられるこの偉大な人間及芸術家の生活現象に密林はおそろしいほど鬱蒼としているものだから、そのディテールの中で迷いこんでしまわないためには、その密林をとおして各々の客観的な歴史的な位置を知らせる、云ってみれば生活磁石のようなものが求められて来る。この気持は、単に読者の贅沢であろうか。今日では、人間一個の生活の歴史も、更によりひろい歴史との相互的ないきさつの中で生きられたものとして眺め、学びたいという文化の感情にまで、私たちの世代が成長して来ているのでもあると思う。
ビリューコフは、トルストイを
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