ぶり者にされたりしました。が、ロザリーは楽しく勉強をし、追々、人生に対して、はっきりした要求を持つようになりました。
 若い一人の女性として、彼女の求めたものは独立の生活と自由と、事業、いつも自分を鞭撻する目的でした。
 彼女には伯母や、美人の従姉のレティシアのように、よい結婚ばかり当にしている心持が我慢出来ませんでした。
 天性数学的な頭脳を持ち、研究心と把持力とを具えたロザリーは、自ら、事務的なことに興味を持ち出しました。
 彼女は、事務所の仕事、金融、手形の神秘的働なぞのうちに、音楽や美術に見出せると同様の亢奮とつきない興味とを覚えました。
 一生懸命で経済学原理、万国貨幣制度、憲法などを研究しました。
 学校を卒業すると、彼女は希望通りミスタ・シムコックスと云う人の秘書役として、事務所に通うことになりました。
 一週二十五|志《シリング》の月給で、ちゃんと一人前に出勤し、自分の力で下宿屋に部屋を持ち、ロザリーにとってこれは何とも云えない悦びでした。総てのことが珍しい。すべてのことが、驚異です。保険事業のこと、代理店としての仕事の性質が手に入ると、ロザリーは、持って生れた実業家の手腕をメキメキとあらわし、逆に、ミスタ・シムコックスに頼られる程の事務家となりました。
 仕事に成功した彼女は、結婚にも目覚しい成功をしました。ロザリーは、ハリ・オックレーブと云う、家柄のよい売り出しの弁護士と結婚しました。始めから終りまで、彼女の要求通りの条件で。
 結婚後も、母となっても、自分の仕事は持続すること。
 収入に準じた率で生活費も負担して行くこと。
 ロザリーは、現代の女性が持ち得る最上の幸福を以て十年の間に、ハフ、ドラ、ベンジャミン三人の子供の母となりました。
 勿論この間には、多少生活感情上の暗闘がなかった訳ではありませんが、彼女は、稀な美貌と事務的敏腕を兼備し、その上、著名な良人を持ち、ロンドンでも数少ない程、調ったよき家庭の主婦であると云う素晴らしい調和で有名な一人の女性となりました。
 全く、彼女の家庭は平和な楽しい、品のよい慰安所でした。三人の子供達は、近代文明の許す最高の注意を以て、学位まで持っている家庭教師に褓育されております。雇人は規律正しい。
 ロザリーは、朝、勤めている銀行へ出る前の数十分間を、楽しく、さっぱりした三人の子供達と遊び、笑い興じます。夕方かえると、子供達は、いそいそとして挨拶に来、彼女を悦ばせます。彼女と子等との関係は、父親のそれとよく似ていました。
 お行儀を教えたり、根気のいる初等学科を教えたりすることは、皆、児童心理を専攻した家庭教師にまかされています。ロザリーと子供は、互から愉快ばかりを感じ合うものとして生活したのです。
 ところが、長男が小学に入る頃から、先ず良人のハリが、自分達の子供に、何か、よその子供とは異うところのあるのに心づき始めました。
 良人がそれを云い出した時、丁度ロザリーは銀行からシンガポールに出張を命ぜられたところでした。彼女は仕事のことだから当然として承諾しました。けれども、良人は、結婚後始めて、「女は違う、子供をどうする?」と云う言葉で快諾しません。ロザリーは、苦しんでいた時なので、良人のその注意を意味深く解しましたが、彼女の明晰な頭脳は、自分の感情で物を歪めて見ることは免れました。良人の言葉は本当でした。二人の大きい方の子供達は、確によそのその年の子供のように、無邪気で、愛らしく、感情が柔かくありません。いやに理窟っぽく、一人よがりで、ちっとも心のとけ合うと云う点の無いのにロザリーは驚きました。
 熟考の後、ロザリーの書いたのは、辞職届でした。彼女は比類のない婦人事務家としてフィールド銀行に持っていた地位を惜しげもなくすて、子供達を自分で見て行く決心をしたのです。彼女は、女性の理屈のない執着強さ、一つものを見始めると傍を見られない偏狭さを日頃から嫌っていました。彼女にとって職業を持つことは、意地ではありません。最もよいと思う人間の生活を創る為なのだから、彼女の理性は、更に大きな要求、子と彼女自身、又良人の希願だと思われた家庭への復帰を認めたのでした。
 新しく落付こうとする家庭生活の裡に、ロザリーは、熱心に自分を打ち込もうとしました。すてた仕事を忘れ切る丈の集注を行おうとしました。彼女は早速今迄の家庭教師を解雇し、自分で子供達に本を読んでやり、散歩に伴をし、遊び仲間に入ろうとしました。が、近頃の子供は何と云う変ったことでしょう。
 ロザリーは、九ツの男の子が、物語に対して「そんなことは嘘ですよ。詰らない!  春、夏、秋、冬の花が一どきに咲くなんて! 温帯や寒帯の植物は、熱帯になんかありません。僕知ってらあ」と云う風です。
 可愛い女の子のドラは、ロザリー自身が熱
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