中して聞いたお話に、つまらなそうな表情を示します。まるで空想のない、まるで感興のない子供達。ロザリーが選んでつけた学問のある家庭教師は、真理、事実の外何も子供達に教えなかったのでしょうか。
 彼等は、外から見ては一点非のうちどころのないばかりか、その怜悧らしい、訓練のある挙止は快いものです。けれども、彼等の母ロザリーは、暫く彼等と朝夕を倶にして見ると、いくら食べても満足することのない見事な料理を押しつけられているような奇怪な空虚さを感じました。彼女が求めていたものは、ありません。
 フィールド銀行と云うものが、又ロザリーの心に這入《はい》って来ました。再び職業に戻りたい熱望は堪えがたいものです。ロザリーは、種々に苦しみました。
 良人は、家庭の為にと云って、それを賛成しない。彼は義務を云々します。彼女は、こう云う場合自分が男であったなら、何の面倒なことがあろうと思わずにはいられません。男ならば成功した仕事を持ってい、たといそれを一旦中止したからと云って、再びそれを取上るのに何の故障を云い立てられましょう。
「それが男なら、勿論そうしてよい。彼は二度とそのことについて考えないでしょう。又若し二度考えたとしても、あらゆる意見習慣が彼にこの権利のあることを告げるでしょう。それが女だとなると、だから――もうそれが理由です。女だ、だから、いけない。それが理由の始りで終りです。女、それ故いけない。ああ、それじゃあ女に可哀そうです」
 良人は弁駁します。
「総ての意見、すべての習慣が男にそうしろと云う? 違う、違う。貴女は男をあまり勝手のきく者に見ている。若し彼を反対の方に引とめる義務を持っているとすれば、その男は当然そうしもしないし、そうしろと云われもしやしない」
「けれども、そこが大事な点ですわ。男のひとは決してそんな義務を持ってはいないでしょう。男がいつでも自分の義務と大望とをうまく両立させているのは明かですことよ。本当に、それは、注目すべきことです」
「ふむ。――それなら別な風に考えて見給え。その男にとって、仕事に出る必要なんかはちっともなかったとして見給え。その男が出かけることでは何もおかげを蒙らないが、却って家にいると云うことには、多くのものが懸っているとして見給え。同じことになるじゃあないか」
「ああ、それはそうです。けれども、それも結局前と同じことになります。ひとは、そう云う境遇にいる男の人に云うでしょう。
『おい君、自分の大望を取りあげ給え。君は男だ。我と云うものを考えなけりゃあいけない』これが人々の云うことでしょう、ね、私の云っているのもそれです『私は女だ。私は自分を考えなければならない』」
 良人は、意味をこめて訊きます。
「そして、自分と云うものを考えてくれるか?」
「私は毎日――考えています」
 このような対話が良人と交されているうちにロザリーの心は段々しっかりして来ました。彼女は、自分の心の中にある感傷的なものと敏感さとの区別を見出しました。これまで彼女を成功させ、幸福であらせたのは、そのときの種々な状態に下らない感情はぬきの、思慮ある判断力で対したからでした。ロザリーは、自分が自己の生活や幸福を、家庭と仕事にひかれる半々な心持で、破滅に陥れそうになっているのに心づきました。
 ロザリーが、これ等のことに心を悩している間に長男のハフ、長女のドラは、悦び勇んで寄宿学校に行ってしまいました。いよいよ彼女の心はきまりました。
 良人は依然として「子供達は家庭に対して権利を持っている」「婦人の家庭に対する分担持場が違って来たら、世の中はどうなるだろう」と云って、彼女を家庭生活にのみ繋《つなご》うとします。彼女は、決然とそれに対し、男が父親であるとともに自由に邪魔されず仕事を持ち続ける通り女性も母であると同時に家庭生活に煩わされず自分の仕事を継続し得るべきものと云う理想の為に、再起したのでした。
 彼女は自分を来るべき女性の時代に先立つ一人の偵察者、冒険者としたのです。
 数年は、又順調に過ぎました。
 ところが長男のハフが十六七歳になると、続いて、悲しむべき事件が起り始めました。
 ハフは、三度も落第して、父親の卒業した名誉ある学校を退学させられました。
 ハリは、その時、「彼は頭はあるんだ。勿論、指導者を見つけてやることも出来る。然し、あれの持たない、そして持つことの出来ないものが、ハフに学校をやめさせるのだ」
 ロザリーが「それは何ですの?」と訊いた答えにハリは、厳しい調子で、
「家庭!」と答えました。
 ロザリーは、
「貴方は私共に責任があると仰云います。けれども、貴方は私共二人のお積りじゃあない、私、を云って被居るのです。何故、私ばかりが貴方より多くの責任を負わなければなりませんの? 何故、非難されるのは私ですの
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