兄達は父と同じ「男」だから、母でも女中でもまるで違った扱いをします。父親の命令で唯の一つも実行されなかったことのないのを見知っているロザリーは、或るひどい嵐の晩、こわさで顫えながら、
「お父さんに行ってやめさせて頂いて頂戴よ」
と云って、姉達に「お馬鹿さん!」とたしなめられた程でした。
この男性全般に対する驚歎の感じは、彼女が大きくなるにつれ、少しずつ色調を更えました。彼女は、父や兄達が下らないことで勿体ぶり威張るのを見たり、場外れに大仰なことをしたりするのを見ると、妙にばつの悪い眼をパチリとやらずにいられない擽ったさを感じずにはいられなくなりました。
この心持は、もう暫く経つと、男と云うものは、偉いには偉いが、妙な、邪魔っけなものだと云う概念になりました。
誰にとっても男は偉く思われている証拠には二人の姉、フロラとヒルダとは大仲よしで、ひまさえあると、何かしら男のひとのことについて、熱心に喋っています。ロザリーは、学校を終ったばかりのヒルダから初歩の学課を習い始めているのですが、ヒルダは、ロザリーにお稽古帳をあずけたまま、姉のフロラと窓際で、ひそひそ何か話しています。ロザリーは、どうも落附かなく、先生を傍にとられ、物足りません。自分からヒルダを引さらって行くのはフロラではない、フロラとヒルダにあれ程話の種となる「男」と云う者ではありませんか。
散歩も、ロザリーにとって、この感じを強めるにしか役立ちませんでした。二人の姉さんは小さい自分を放ぽり出して、気取って男のお友達と歩いたり、時には、「サ、いい子だから、あそこの角で誰も来ないか見て来てね」と立番をさせられたり。ロザリーに何よりいやなのは、散歩の間で起る斯様なことを、誰にも云ってはいけないと姉達に命令されていることでした。何故黙っていなければならないのか、ロザリーにはいくら考えてもわかりませんでしたから。
陰気な教区内でも、四人の娘達は段々人生の花盛りに向って来ました。
父親は、美しく蕾の揃ったような娘達の身の上を案じ、どうにも仕様のない教区長の貧乏生活から、広い世間に出す為、インドにいる男同胞の一人と、ロンドンにいる女同胞の一人に、一人ずつ娘を引とり世話して貰うことを頼んでやりました。
ロンドンのパウンス伯母は、すぐイボッツフィールドに自身で来、ロザリーをあずかってロンドンで修業させてやることに定めました。インドには、フロラが行くことになりました。家には、ヒルダと長姉のアンナが残ることになったのですが、ロザリーは、そのアンナと毎晩一緒の室に眠らなければならないのが堪りませんでした。
元から、アンナは、姉妹の中でのけ者にされ自分も意地を張って妹達と親しみませんでした。フロラとヒルダは一緒になって、家の手伝いばかりしているアンナを嘲弄します。何ぞと云うと「法王様が仰云って?」と云います。アンナは、何だか旧教くさく、尼さんくさいからと云うので。
ロザリーは、どちらにもつかず、公平な態度を保っていましたが、アンナが夜中にまで、跪ずいてお祈を繰返すのには恐れました。
お祈はきまって一つです。妹のフロラが彼女に自分の幸運をゆずろうともせず意気揚々とインド行の仕度にロンドンへ父と出かけた後は特にひどくなりました。
彼等が去ってから二度目の日曜が来ようとする前の晩、ロザリーは、又アンナの祈の声で目を醒しました。アンナは、又「それは女には辛うございます。ああ神様。貴方は、それがどんなに女にとって辛いか御存じです。」と祈っています。何遍ロザリーはこの文句をきいたことでしょう。彼女は、
「アンナ、アンナ」
と姉をよびました。
「何故女には辛いの?」
姉から得た答はこうでした。
「男の人達は何でも好きなことが出来るのに女はそれが出来ないから辛いのです」
そして、後を向きアンナは、
「私はここに、あこがれを持っている」
と云いながら、両手をしっかり握り合わせ、音のする程自分の胸を打ちました。
「私はいつも持っていたのだし、これからもずっと持つだろう。ここに、燃えている、うずいている、そう云うあこがれを、持つようになると、貴方は――貴方は――」いきなりアンナは、まるで激しい調子でつけ加えました。
「私は男を憎む。男を憎む。大嫌だ」
そして、ローソクを消そうとして、落し、部屋は真暗になりました。
この数語は、小いロザリーの頭に刻み込まれました。アンナは、翌日はもうこの世の人でありませんでした。池に身を投げて死んでしまったのです。
恐ろしい出来事の二週間後、ロザリーは愈々《いよいよ》ロンドンに出、或る寄宿学校に入りました。私立学校によくある通り、金持の娘達がまるで威張るのでロザリーのように学資の豊かでない、伯母のかかりうどの娘は、いろいろなことで、揶揄《やゆ》されたり、な
前へ
次へ
全6ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング