。「私は三位殿の御使の正時で」と云うと戸をあけられる。あげたその御半紙を開いて御らんになると一首の歌が書いてある。
[#天から3字下げ]涙川うき名をながす身なりとも 今一度のあふせともがな
 すぐ返事を書いて正時にお渡になる。正時八條の御堂に行って三位殿にあげると開いて見るとこれも又一首の歌を書いてある。
[#天から3字下げ]君ゆへに我もうき名を流す共 そこのみくづと共に消えなん
 三位殿は此の手紙を御らんになって大変に心をなぐさめられる。そのあと、三位殿は守護の武士に向って「もう一度芳恩にあずかりたいのだけれ共どうだろうか」とおっしゃると武士共は「何でございますか」と云ったので「別の事ではないけれ共きのうの文の主にあって死んだあとの事なども云っておきたいと思うのだが」とおっしゃると守護の武士は「一寸もかまいませんから」と云ったので大喜びで正時に此の事をおっしゃると正時はかいがいしく牛車をさっぱりと用意して院の御所に行って此の故を申し上げると女房もあんまり思いがけない事だったので大変喜んですぐに出ようとなさるとまわりの女房達が「マア、かるはずみな事、そんな事はおよしになった方がようござ
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