かしいからと袴の腰にはさんで御所にいらっしゃった所が、所もあろうに女院の御前に其の文を落してしまった。女院は此を御見附になって御所中の女房達をおよびになって「今めずらしい物を見つけたが此の文の主はだれかしらん」とおっしゃると皆んな神や仏にかけて「みんなぞんじません」と云った中に小宰相の殿許りは顔を赤くしてそっぽをむいて何ともおっしゃらない。女院は重ねて「御前は、どうかどうか」と御尋ねになったのでしかたがなく「あの通盛の」と許りおっしゃった。女院は前から、そんな事のあるうわさをきいて居らっしゃるのでその文を開いて御らんになると、筆はたっしゃだけれ共いかにもわけの有さうな、よわよわしい筆つきで、
[#天から3字下げ]我恋は細谷川のまるき橋 ふみかへされてぬるるそでかな
女院「マア、是の歌はまだ一度も会わないのをうらんでの歌と見える。マア、心づよい事だ事、なぜおなびきにならないのです。あんまり人の心のつよいのも身をほろぼすものとなるものだのに、中頃に、みめかたち、心ざま世にすぐれて居たときこえた小野の小町と云う人はいろいろ人の云うのをうるさいと見えてたいへん心づよくかまえて居たのでのちには
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