のを見るとあんなにはなやかに栄えて居た姿とあべこべに尼の姿になって出て来て「日頃の罪はこの姿にめんじておゆるし下さいませネ、もしゆるすと云って下さるなら皆様と同じ庵室で念仏して御一所に後の世の幸を祈りましょうし、まだゆるさないとおっしゃるならばこののちどこへでも足にまかせて迷って行ってどんな岩のかどでも苔の上でも松の様にたおれてしまうまでも念仏してみだ三尊の来迎にあずかりましょうから」と涙をとめどもなく流して云ったので義王「マア、お恥しい、私は貴女の心の底のそれほどまで御きよいのを一寸も知らないで、今日まではこれほどまでお思いになる方とは一寸も存じませんでしたのに、今までの事はみんな浮き世の仕業でございますもの。もう必[#「必」に「ママ」の注記]して人のうらみなんかは思いはいたしません。自分の身のつらさを知るはずだのにどうかすると貴女の事が忘られないで心にかかって今の世も後の世も御仏に仕える事はじゅう分に出来かねるように思われて居りましたのに貴女は何にも後に思をひかれないでとしもまだ十七だと云うのにこの汚れた世をそむいて清い世の中をおねがいになるお心こそほんとうの道心者でいらっしゃいますよ。私が二十一で様をかえたのも人はめずらしい事に云い又自分でもそう思って居りましたけどいま貴女の出家にくらべて見れば事のかずにも入りませんものネ、昔の事なんかなんでもう思うもんですか、サア、みんな一所に行いすましましょうネ」と四人同じ庵室の中に念仏して共に後世の幸をいのったけれ共おそい早いはあったけれ共おしまいには皆同じ様に往生の望をとげたときいて居る。その後入道は仏の行方がわからなくなったので、手に手をわけてさがさせて見たけれ共見つからなかったので浄海は「仏はあんまり美くしかったんでてんぐが取ってつれて行ってしまったんだろう」と云って居た。其の後半年許りたってからそこに居ると云う事が聞き出されたけれ共そんな風になったものを今更と云ってもうたずねさせなかった。それだもんで後白河法皇の長講堂の過去帳にも義王義女仏|閉《トジ》等のが尊霊と一所に書き入れられたと云うことである。

     海の花

 南の国のいつも蒼い色をして居る内海に一匹の人魚が棲んで居ました。その長い黒髪やふくよかな乳房、よく育った白くて長いうでなどをもったその姿はこの海の女王として恥かしくありませんでした。細くそろってたえず銀色の光をはなして居るうろこをしっかりとまとって、赤いさんごの林の間、青こけのむした大岩の間、うす紅の桜海老、紫に光る海魚等の間を黒髪を長く引いて遊んで居る様子はこの内海をかざる花でした。けれども海の王の年を経た海蛇はなぜかこの人魚の陸近く遊ぶことをゆるしませんでした。まだ若い何事によらず血をわかす女人魚はまだ一度も見たことのない陸と云うものをいろいろに想像してはなつかしがって居ました。或る時、春の日の光りの暖かさが海の底までしみ通るような日にこの美くしい女人魚は陸をあこがれながらこの美くしい姿を思うままにうらやませながらとある岩の上に泳ぎつかれた体をやすませて居りました。そのまっくろな可愛い形をして居る瞳をクルリクルリと動かせながら四辺を見て居ましたがフト先を見るとそこには陸の上の人影や草木の色や家の色までがすいて見えて居ました。「オヤ」女人魚は驚きと喜のまぜこぜになった小さい声を出して叫んで自分の目をうたがうようにジッとそこを見つめて居ました。
 自分と同じ名の女と云う名の人間は白や紅や紫のやのうすい衣をまとって二本の足でかるく歩きまわって居たり草はみどりの葉の間に五色の花をつけて家の色はその間に白やかばに春の日光の中に光って居る。そうしたようなどことなくものめずらしい景色はハッキリと人魚のそのつみのないひとみにうつりました。幾年かの久しい間陸にはげしいあこがれをもって居た女人魚はあきることも知らずにそこを見て居ました。まもなく、日は落ちてしまったのでうす黒い中を女人魚はその住家へもどりましたけれどもそのはでやかな女と云うものの衣の色や草木の色などはどうしても忘れることが出来ませんでした。それから日に幾度となくこの岩に身をまかせては外界の様をながめて居ました。始めはただながめて居るだけでその女人魚の心は満足して居ましたけれど今ではどうかして自分も彼の群の中に交って思うように暮して見たいと思い始めた、その思は前に陸を見たいと思ったその思いにも劣らないほどつよいものでした。或日女人魚はこの大した力を持って居る心の虫にそそのかされてズーッと恐ろしがりながらその岩から上へ上へと上って見ました。段々女の衣の色ははっきりとなって草木のみどりの色もあざやかになりまさりました。その色にさそわれるように女人魚は段々早くしずかな波の底からうき上りました。波まにチラッとその
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