ほか感じられないことさえある。
○二十五日夜、仙台よりの汽車中にて、
○彼女は二十三四になったかならないである。どっちかと云えば、いい服装をして居るけれども、実際の生活程度はそんなに高くないらしい点がその態度の中にチョイチョイとあらわれる。東京に長く居た地方の女である。新婚後東京の夫の任地へ行くらしい。
沢山の見送りが来て居る。その前で、彼女はさも輝やかしそうに見える。落着いて、さも安んじた心持で居るように微笑――得意な幾分女性の傲慢もそなえた――をうかべながら、かるく頭を下げながら、挨拶をして居る。そして、丈の高い体は美くしく見えた。御機嫌よう御機嫌ようと云う声に送られて、汽車が構内を出てしまうと、急に彼女の目には、或るたるみがあらわれた。次で、アアよかった。何もかもすんだ。これから、都会で始められようとする生活に対する憧憬の心やらが、彼女の白粉の上に油ののった顔に一どきに渦巻いた。
三つ折にしたコートの中に手を入れて彼女は、しゃんと体を保って居ようとしたが、四肢の隅々から、ぐんぐんとさしのぼって来る心のゆるみにともなった訳の分らないたよりなさが、いつの間にか、グッタリと、
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