(三)[#「(三)」は縦中横]
春日山の奥の院から裏道に出ますと、大きな杉並木があります。成長しきったその老杉に対すると何となく総てを知りぬいてる古老にでも逢ったように感じられて、ツイ言葉でも懸けて見たくなるのです。
奈良朝時代の「奈良」の人々は、きっと、周囲の自然物を深く愛して、そしてその愛着を永久に保ちたい為めに、それを絵画に現わし、文章に認めたのであろう。特に建築の模様などに、その色が深いのであった。パチコの花の如き実に巧みに取扱われていました。
東大寺の大きな鐘楼の傍から、石段を降りますと、「大湯屋[#「大湯屋」に傍点]」という古い建築物に突き当ります。
昔、或る特別な貴族階級に丈、使用された浴場の跡らしいものでした。そして、そこ丈が、あたりの寺院とか神社の建物と異った一種の趣きを現わしていました。
加之《のみならず》、そこには昔ながらの建物に相応《ふさわ》しい藤棚があり、庭があり、泉水がありました。全体として、狭いながらも、それはチャンと整った一区画を示しているものでした。総てに懐しい昔の錆が現われて、石に生えてる苔までが、私をチャームするのです。此
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